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東京高等裁判所 昭和41年(う)2763号 判決 1967年4月19日

主文

原判決を破棄する。

被告人を罰金一万五、〇〇〇円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金五〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

当審における訴訟費用は全部被告人に負担させる。

理由

<前略>論旨は、原判決には法令の適用に誤りがあり、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

そこで調査するのに、原判決は、「被告人は昭和四一年二月一七日午後零時三〇分ごろ、茨城県那珂郡山方町大字祝戸一、〇六二番地先道路において、普通乗用自動車を運転中、対向進行する小磯栄二運転の普通貨物自動車と接触し、同車の前部右側車幅灯柱を折損して約三、〇〇〇円相当の損害を与えたのに、その事故発生の日時場所等、法令の定める事項を直ちにもよりの警察署の警察官に報告しなかつたものである」との公訴事実につき、接触した対向自動車が普通貨物自動車でなく大型貨物自動車であつたという相異点を除き証拠上全部認めることができるとしながら、道路交通法第七二条第一項後段の規定は、相手方の車両等に損害を生ぜしめたというだけで未だ即時救護又は交通秩序の維持回復につき何等かの措置を必要とする事態を生じていない右程度の事故についてまで、逐一報告すべきことを義務づけているものではないから、右公訴事実は罪にならないものとして、無罪の言渡しをしているのである。

ところで、道路交通法第一条を参照し同法第七二条第一項後段の法意を考えるのに、結局同条が交通事故があつた場合に当該車両等の運転者らに警察官に対する報告義務を課しているのは、警察官をして、速やかに交通事故の発生を知り、被害者の救護や道路における危険の防止等交通秩序の回復につき適切な措置を執らしめ、もつて被害の増大の防止と交通の安全とを図るにあるものと解される(昭和三七年五月二日最高裁判所大法廷判決参照)。従つて、警察官によるかかる措置を必要としない場合には車両等の運転者として報告の義務がないという原判決の見解は、それなりに相当の理由があるものといわねばならない。しかし、本件の具体的事情に即して考えてみると、被告人は前記対向車両との接触に気がつきながら自ら停止して右対向車につき損傷の有無等を確認することさえしていないのみならず、凡そ自動車の前面両側に基準に適合する車幅灯を備えなければ運行の用に供してならないことは、道路運送車両法第四一条第一三号道路運送車両の保安基準第三四条により明定されているところであるから、原判決のいうように、現に対向車の前部右側車幅灯柱を折損した場合には、運行の用に供してはならない車両が生じたことになり、警察官としては道路交通法第七二条第三項の趣旨に従い右折損車両の爾後の運行等につき適切な指示を与えるなどの措置を講ずる必要があるものというべく、従つて被告人についてもやはり同条第一項後段による報告の義務が発生したものと解すべきである。所論は必ずしも当裁判所の右見解と立論の過程を同じくするものではないが、原判決が前記のように本件を罪にならないものとしたのは結局において所論のとおり右道路交通法第七二条第一項等の解釈適用を誤つたものであつて、その誤りは判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由がある<後略>。(吉田信孝 大平要 伊東正七郎)

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